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英語生活での頭打ち状態について

去年の3月頃からアメリカプロジェクト遂行のために、通算21週間ほどアメリカ滞在している。
最初は後頭部の痛みを感じていた英語にも、仲の良いアメリカ人が出来てからはだいぶマシになってきた。

でも最近、なんとなくスランプを感じる。「あ、いけるかも」と思っていた時期がなくなり、少し恐怖感が出てきた。
それが何故かはわからない。慣れが原因で逆に起きていることなのか、ストレスによるものなのか。

仕事自体ももちろん不安でいっぱいだ。本社に応援を要請しても、具体的に何かしてくれるわけでもない。
結局は自分でなんとかしなきゃならない。

こと英語について言えば、伸び悩んでいる感が非常に強い。新しい英単語なんてのは覚える以外の方法はないんだが、
問題なのは英単語のニュアンス。頭で聞いた言葉を英単語に分解して翻訳したり、あるいは言おうとしていることを
頭の中で英文にして…と言った方法について限界を感じる。

そう言ったやり方は、頭の回転の速さに完全に依存したやり方であって、仕事の会話を続けることが出来る方法ではない。
言うなれば、日本語と英語の翻訳を無理やり一人で可能な限り最速でやろうとしているだけだ。

でもそんなやり方は、「言葉の持つ意味深さ」の前には完全に役立たたない。
takeを「取り上げる」と言う日本語訳で覚えている限り、その単語の持つ本当のイメージには到達出来ないため、会話がわからなくなる。

ネイティブの使う文法は本当に、僕たちが覚えてきたものとは違う。
僕たちが受けてきた教育があまりに理想的すぎて、翻訳の解釈を与えすぎて、あまりに理屈的すぎて、会話が出来ない。

僕たち日本人が会話で使う文法について考えてみるといい。教科書で使うような文法か?
頭で組み立ててから話しているか?喋りながら考え、情報を継ぎ足し、会話の着地点を探しながら話しているのが常ではないか?

日本語で話すときの感覚と、英語で話すときの感覚。
その2つの違いを感じるようになってから、英語を話すことがどういうことか、わかるようになってきた気がする。

もっと感覚的に話さないとダメなのだ。単語なんて多く知る必要はない。適切な単語があれば誰かが教えてくれる。
「データベースにデータを入れます」
これが put data into database なのか、set data into databaseなのか、take data into databaseなのか、頭の中で考える前に話せ!
思いついた言葉を先に言うことが大事だ。わからなければ相手の顔に?マークが浮かぶ。じゃあ別の単語を使えばいい。
初めから正解を求めることこそが不正解な姿勢なのだと、強く思うようになってきた。