企業がこの先生き残るには

非常に首肯出来る記事。僕も白書を読んで、似た感想を抱いた。

危機感を煽る、程度ではたぶんどうにもならないレベルまで来ていると感じる。
何故かと言うと、この記事でも言及されている通り、経営者の高齢化と、彼らが築き上げ、得てきたものがITによるものではないものであり、それを捨てることが今までの否定に他ならず、自分の過去を否定してまで生き残るよりは、「自分の出来ることはした上で見事に散りたい」という発想があるから。

僕も最近は、一人の息子の親として、また何人もの部下を独り立ちさせる上司として、未来を作るということを愚考しているのだけれども、未来を作るということは、他の世代に判断を託すということに他ならない。自分の判断で人を動かす、のではなく、自分以外の人に判断を委ねる。 

さて、高齢になってきた企業経営者や、その幹部たちは、自分たちよりITに詳しい若者に、会社経営の骨格である部分を、変革させる度量があるだろうか?

僕は一応大企業の末席にいる立場だと思っているが、そこでよく見る光景は、

おじさん「若者よ、チャレンジせよ!良い企画を立ち上げて提案してくれ!」
若者「こんな企画を考えました!ITを駆使した新しい業務改革です!」
おじさん「これをやってどういう効果があるの?費用対効果は?なんでそんなに費用かかるの?これを実施して本当に効果があるかどうかの裏付けは?現場はたぶん反対すると思うけどなあ、ちゃんと裏取りした?」
若者「…」

典型的な、若者のやる気を削ぐやり方である。

リスクとは、無駄金になることを承知で企画を実行することでは?

成功することを前提として企画を立ち上げ、成功を前提として計画し、それらをもって稟議を通す、というプロセスが、いわば失敗を内包した企画を通さないそのプロセスが、社内の取り組みからモチベーションを奪っているのではないか、と思う。

だから、高齢化した経営者たちが、失敗プロジェクトを企画時点から容認することが出来るか、というシンプルな課題が、企業の分け目であると僕は考える。